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歴史 ⑮参考書

昭和の危機

世界恐慌 〜 日中戦争
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世界恐慌とファシズムの台頭

世界恐慌とファシズムの台頭(この単元でわかること)
世界がひとつの大きな不景気にのみこまれ、そこから独裁者まで生まれてしまった時代なんだ。いったい何が起きたのか、一緒に見ていこう。

1世界恐慌のはじまり

株価暴落が世界中を不況に巻き込んだよ。

1929年10月24日、「暗黒の木曜日」と呼ばれる日に、アメリカのニューヨーク株式市場で株価が大暴落したんだ。たった一日で多くの人の財産が紙くず同然になってしまうなんて、想像するとこわいよね。この混乱はまたたく間に世界中へ広がり、世界恐慌と呼ばれる大不況になった。工場は次々に閉鎖され、街には仕事を失った人があふれてしまったんだよ。

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1929年、ニューヨーク株式市場の大暴落から世界恐慌が始まったよ。
世界恐慌せかいきょうこう1929年、ニューヨーク株式市場の大暴落から始まり、世界中に広がった経済危機。

2アメリカのニューディール政策

公共事業で失業者を救おうとしたよ。

恐慌で苦しむアメリカを立て直そうと、1933年に大統領になったフランクリン・ローズベルトは思い切った作戦に出たんだ。それがニューディール政策だよ。ダムづくりなどの公共事業をどんどん増やして、仕事のない人たちに仕事を与えたんだ。国が「見ているだけ」じゃなくて、経済に自分から深く関わっていく。当時としてはかなり画期的な発想だったんだよ。

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ニューディール政策は、公共事業で失業者を救おうとした政策だよ。
ニューディール政策にゅーでぃーるせいさくローズベルト大統領が公共事業で失業者を救おうとした恐慌対策。
フランクリン・ローズベルトふらんくりん・ろーずべると1933年に就任し、ニューディール政策を進めたアメリカ大統領。

3ブロック経済とファシズムの広がり

経済の行き詰まりが独裁を生んでしまったよ。

植民地をたくさん持っていたイギリスやフランスは、本国と植民地だけで一つの経済圏をつくり、よその国の商品には高い税をかけて締め出すブロック経済で乗り切ろうとしたんだ。でも植民地の少ないイタリアやドイツはそうもいかない。かわりに、個人より国家を優先する独裁体制ファシズムが勢いを増していく。イタリアではムッソリーニが、ドイツでは1933年に政権を握ったヒトラーがナチスを率いて独裁を固めた。知ってた?経済の行き詰まりが、こうして世界を戦争へ近づけていったんだよ。

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イタリアはムッソリーニ、ドイツはヒトラーがファシズムを率いたよ。
ブロック経済ぶろっくけいざい本国と植民地で経済圏をつくり、他国の商品を締め出すイギリス・フランスの政策。
ファシズムふぁしずむ個人より国家・民族を優先する独裁的な政治体制。
ムッソリーニむっそりーにイタリアでファシスト党を率いた独裁者。
ヒトラーひとらー1933年にドイツの首相となり、ナチスによる独裁体制を築いた人物。

4日本を襲った昭和恐慌

恐慌が重なり農村を苦しめたよ。

世界恐慌の波は日本にも押し寄せた。ちょうど金と紙幣を交換できるようにする「金解禁」を行った直後にこの恐慌が重なってしまい、昭和恐慌と呼ばれる深刻な不況におちいったんだ。とくに輸出用の生糸の値段が大きく暴落し、養蚕業を支えてきた農村は大きな打撃を受けた。人々の暮らしはとても苦しくなっていったんだよ。

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金解禁の直後に世界恐慌が重なり、昭和恐慌が農村を苦しめたよ。
昭和恐慌しょうわきょうこう金解禁の直後に世界恐慌が重なって起きた、日本の深刻な不況。
重要語チェック説明を読んで用語を言えるかな?
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1929年のニューヨーク株式市場の大暴落から世界恐慌が広がり、アメリカはニューディール政策イギリス・フランスはブロック経済で立ち向かったよ。一方でイタリアやドイツではファシズムが台頭し、日本も昭和恐慌で苦しい時代を迎えたんだ。
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2

満州事変と軍部の暴走

満州事変と軍部の暴走(この単元でわかること)
満州にいた日本軍が独断で暴走を始め、それを止めるはずの政治家たちまでもが命をねらわれてしまう。そんな物騒な時代の始まりを見てみよう。

1柳条湖事件と満州事変

軍が独断で戦争を始めてしまったよ。
満州事変(1931)と日中戦争(1937)

1931年9月、満州(中国東北部)を守っていた日本の軍隊関東軍は、自分たちで柳条湖事件を起こしたんだ。奉天(今の瀋陽)近くの南満州鉄道を自分たちで爆破しておきながら、それを中国軍のしわざだと偽って軍事行動を広げていった。こうして始まった一連の軍事行動を満州事変と呼ぶよ。信じられない話だけど、これが政府の許可なく軍が勝手に始めた戦争の始まりだったんだ。

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関東軍は柳条湖事件を口実に、満州事変を起こしたよ。
満州事変まんしゅうじへん1931年、関東軍が柳条湖事件を口実に起こした満州占領のための軍事行動。
柳条湖事件りゅうじょうこじけん1931年9月、関東軍が南満州鉄道を自ら爆破し、中国軍の仕業と偽った事件。
関東軍かんとうぐん満州に置かれていた日本陸軍の部隊。独断で満州事変を起こした。

2満州国の建国

名ばかりの独立国が作られたよ。

満州を占領した関東軍は1932年、そこに満州国という国をつくったんだ。でも実際に政治を動かしていたのは日本で、独立国とは名ばかりの国だったんだよ。元首(トップ)にすえられたのは、清という国の最後の皇帝だった溥儀かつて広大な中国を治めた皇帝が、日本に操られる立場に置かれてしまうなんて、なんとも複雑な運命だよね。

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1932年、関東軍は満州国をつくり、溥儀を元首にしたよ。
満州国まんしゅうこく1932年、関東軍が占領地に建てた国。実態は日本に操られた国だった。
溥儀ふぎ清の最後の皇帝で、満州国の元首にすえられた人物。

3国際連盟からの脱退

世界との協調を自ら手放してしまったよ。

満州事変に対し、国際連盟はリットン調査団を現地に送って実情を調べさせた。その報告書は満州国を認めず、日本軍の撤退を求めるものだったんだ。これに納得できなかった日本は、1933年、ついに国際連盟を脱退してしまう。世界の国々と力を合わせる道を自ら閉ざしてしまったこの決断が、日本を国際的な孤立へと追いこんでいったんだよ。

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リットン調査団の報告に反発し、日本は国際連盟を脱退したよ。
リットン調査団りっとんちょうさだん国際連盟が満州事変を調べるために派遣した調査団。

4五・一五事件と二・二六事件

テロが政党政治を終わらせてしまったよ。

国内でも物騒な事件が続いたんだ。1932年、海軍の若い将校たちが五・一五事件を起こして犬養毅首相を暗殺してしまう。これ以降、政党の党首が首相になることがなくなり、政党政治は事実上終わってしまったんだよ。さらに1936年には陸軍の若い将校たちが二・二六事件を起こし、大臣らを暗殺する事件も起きた。こうした事件を経て、軍の発言力はどんどん強まっていったんだ。

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1932年の五・一五事件、1936年の二・二六事件で軍部が力を強めたよ。
五・一五事件ごいちごじけん1932年、海軍青年将校らが犬養毅首相を暗殺した事件。政党政治が終わるきっかけとなった。
二・二六事件にいにいろくじけん1936年、陸軍青年将校らが起こしたクーデター未遂事件。軍部の発言力が強まった。
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1931年、関東軍は柳条湖事件を口実に満州事変を起こし、翌年には満州国を建国したよ。国際連盟の勧告に反発した日本は1933年に脱退し、国内でも五・一五事件二・二六事件が起きて軍部の力がどんどん強まっていったんだ。
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日中戦争の泥沼化

日中戦争の泥沼化(この単元でわかること)
小さな衝突がきっかけで、日本と中国は終わりの見えない戦争に突入してしまうんだ。そして戦争は、日本人みんなの暮らしまで変えてしまうことになる。

1盧溝橋事件と日中戦争の始まり

小さな衝突が全面戦争へ広がってしまったよ。

1937年7月、北京の郊外にある盧溝橋という橋の近くで、日本軍と中国軍が衝突する盧溝橋事件が起きたんだ。小さなきっかけだったはずなのに、戦いは上海、そして南京へとどんどん広がってしまい、日中戦争という全面戦争に発展してしまった。ちょっとした衝突がこれほど大きな戦争につながってしまうなんて、こわいよね。

ここだけ覚える
1937年、盧溝橋事件をきっかけに日中戦争が始まったよ。
日中戦争にっちゅうせんそう1937年から始まった日本と中国の戦争。盧溝橋事件がきっかけとなった。
盧溝橋事件ろこうきょうじけん1937年7月、北京郊外で日中両軍が衝突した事件。日中戦争のきっかけとなった。

2南京事件

多くの命が奪われた重い出来事だよ。

1937年12月、日本軍は中国の首都だった南京を占領したんだ。このとき、多くの市民や捕虜が殺害される南京事件が起きてしまった。この出来事は国際社会から厳しい批判を浴びることになったんだよ。戦争が人々の命をどれだけ奪ってしまうか、この事件はいまも私たちに重く問いかけているんだ。

ここだけ覚える
1937年12月、南京占領時に多くの市民や捕虜が殺害されたんだ。
南京事件なんきんじけん1937年12月、日本軍が南京占領の際に多数の市民・捕虜を殺害した事件。

3国共合作と抵抗を続ける中国

ライバル同士が手を組んで抵抗したよ。

日本軍の侵略に対抗するため、それまで争っていた蒋介石の国民党と毛沢東の共産党が手を組んだんだ。これを国共合作というよ。ライバル同士が「今は日本と戦うことが先だ」と手を結んだところに、この戦争の重みが表れているよね。蒋介石は首都を南京から重慶へ移し、日本軍の激しい空襲を受けながらも降伏せず、抵抗を続けたんだ。

ここだけ覚える
抗日のため、国民党と共産党が手を組んだのが国共合作だよ。
国共合作こっきょうがっさく日本に対抗するため、中国の国民党と共産党が結んだ協力関係。
蒋介石しょうかいせき中国国民党を率い、国共合作を結んで日本への抵抗を続けた指導者。

4戦時体制へと向かう日本

国全体が戦争一色に染まっていったよ。

戦争が長引くと、日本国内も一気に戦争一色になっていったんだ。1938年、近衛文麿内閣は国家総動員法を制定し、議会の承認なしに国民や物資を戦争のために動かせるようにした。1940年にはすべての政党が解散して大政翼賛会にまとまり、同じ年に日本はドイツ・イタリアと日独伊三国同盟を結んだ。こうして日本は、後に引けないところまで戦争への道を突き進んでいってしまったんだよ。

ここだけ覚える
国家総動員法や大政翼賛会などで、日本の戦時体制が固まったよ。
国家総動員法こっかそうどういんほう1938年制定。議会の承認なしに国民や物資を戦争のために動員できるとした法律。
大政翼賛会たいせいよくさんかい1940年、すべての政党が解散してまとまった全国民組織。
日独伊三国同盟にちどくいさんごくどうめい1940年、日本・ドイツ・イタリアが結んだ軍事同盟。
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1937年の盧溝橋事件から日中戦争が始まり、南京事件では国際的な批判を浴びたよ。中国は国共合作で抵抗を続け、日本は国家総動員法大政翼賛会で戦時体制を固めていったんだ。
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