占領と日本国憲法
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占領と民主化

1GHQと間接統治

1945年、戦争に負けた日本は、アメリカを中心とする連合国軍に占領されることになったんだ。占領の中心になったのがGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)で、最高司令官はアメリカの軍人マッカーサーだったよ。ドイツは占領軍が直接国を治めたけれど、日本の場合はちょっと違って、GHQが日本政府に指令を出し、政府自身に改革を実行させる間接統治というやり方をとったんだ。知ってた?同じ「占領される」でも、国によってやり方がこんなに違うんだよ。
2財閥解体と農地改革

GHQは、日本が二度と戦争をする国にならないよう、経済のしくみも大きく変えようとしたんだ。まず三井・三菱・住友・安田といった大企業グループを分割する財閥解体を進めて、一部の大企業にお金と力が集まりすぎない社会を目指したよ。農村では、地主が持つ広い農地を政府が買い上げて小作人に安く分け与える農地改革が行われ、自分の土地を持って耕す自作農が一気に増えたんだ。土地を手に入れた人々の暮らしは、きっと大きく変わったんだろうね。
3労働三法と教育改革

働く人たちの権利を守る法律も、次々に作られていったよ。1945年の労働組合法・1946年の労働関係調整法・1947年の労働基準法、この3つをまとめて労働三法と呼ぶんだ。教育の面でも大きな変化があって、1947年には教育の機会均等などを定めた教育基本法と、小学校6年・中学校3年・高校3年・大学4年という六・三・三・四制を定めた学校教育法が制定されたよ。今のわたしたちの学校生活の土台は、実はこの時代にできたんだね。
4婦人参政権と東京裁判

1945年には衆議院議員選挙法が改正されて、満20歳以上の男女に選挙権が認められる婦人参政権が実現したよ。翌1946年の選挙では、日本で初めての女性議員も誕生したんだ。すごいよね。一方で、戦争を指導した軍人や政治家の責任を問う極東国際軍事裁判(東京裁判)が1946年から開かれ、東条英機ら7人が死刑判決を受けたよ。戦争を進めた人たちを政府や企業の要職から退かせる公職追放も、あわせて行われたんだ。
日本国憲法と民主化

1大日本帝国憲法から日本国憲法へ

1889年、日本には大日本帝国憲法という憲法があって、そこでは天皇が主権を持つと定められていたんだ。でも戦争に負けたあと、GHQが作ったマッカーサー草案をもとに、まったく新しい憲法づくりが始まったよ。そうしてできたのが日本国憲法で、1946年11月3日に公布、1947年5月3日に施行されたんだ。11月3日は今も「文化の日」、5月3日は「憲法記念日」として祝日になっているの、知ってた?
2三つの大きな原則

日本国憲法には、とても大事な3つの原則があるよ。まず、政治のあり方を国民が決める国民主権。大日本帝国憲法の天皇主権から大きく変わったんだ。次に、人が生まれながらに持っている権利を守る基本的人権の尊重。そして、第9条で戦争放棄などを定めた平和主義。この3つを合わせて三大原則と呼ぶよ。どれも欠かせない、日本国憲法の心臓のような存在なんだ。
3天皇の地位と第9条

大日本帝国憲法では天皇が主権者だったけど、日本国憲法では天皇は政治の実権を持たない象徴という立場に変わったんだ。「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と定められているよ。そして平和主義の中心となるのが第9条。戦争放棄・戦力の不保持・交戦権の否認を定めていて、二度と戦争をしないという誓いが込められているんだ。この条文があるから、日本は今も「戦争をしない国」なんだね。
4暮らしを変えた憲法と法律

第25条では「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」である生存権も定められて、国民の暮らしを守るしくみができたんだ。憲法だけじゃなく、家族のあり方も変わったよ。1947年の民法改正で、家長が家族を支配する戸主制度が廃止されて、男女平等にもとづく新しい家族制度に改められたんだ。日本国憲法が公布・施行されたこの時期、国のかたちと人々の暮らしが同時に大きく生まれ変わったんだね。