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日本の始まり

旧石器時代 〜 古墳時代
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旧石器時代と縄文時代

旧石器時代と縄文時代(この単元でわかること)
土器も家もなかった大昔の日本で、人々はどうやって命をつないでいたんだろう?氷におおわれた大地から、定住のむらへ変わっていく様子を、いっしょに見てみよう。

1旧石器時代の始まり

岩宿遺跡の発見で、日本の旧石器時代が証明されたよ。

今から数万年前、日本列島は氷期(氷河時代)で海面が低くて、大陸と陸続きだったんだ。このころ、大型動物のナウマンゾウやオオツノジカが大陸から渡ってきて、人々の狩りの対象になっていたんだよ。人々は石を打ち欠いて作った打製石器を使って、獲物を追いながら移動する暮らしをしていたんだ。この時代を旧石器時代と呼ぶんだけど、群馬県の岩宿遺跡相沢忠洋が打製石器を発見するまでは、日本に旧石器時代があったなんて誰も知らなかったんだよ。この発見のおかげで、日本にも旧石器時代が存在したことが初めて証明されたんだね。

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岩宿遺跡で相沢忠洋が発見し、旧石器時代の存在が証明されたよ。
岩宿遺跡いわじゅくいせき群馬県にある遺跡。ここでの発見が日本の旧石器時代の存在を証明した。
相沢忠洋あいざわただひろ岩宿遺跡で打製石器を発見し、日本の旧石器時代を証明した人物。
ナウマンゾウなうまんぞう氷河時代に大陸から渡ってきた大型のゾウ。長野県の野尻湖で化石が発見された。

2縄文時代の始まりと暮らし

たて穴住居に定住し、縄文土器を使ったよ。

約1万年前、気候が温暖になって海面が上がると、日本列島は大陸から切り離されて今の姿になり、縄文時代が始まったんだ。人々は地面を掘り下げて柱を立てたたて穴住居に定住して、狩猟・採集や漁を中心に暮らしていたんだよ。表面に縄目の文様がある縄文土器で食料を煮炊きしていて、食べ終えた貝殻や骨を捨てた貝塚からは、当時の食生活の様子がわかるんだ。それに、女性をかたどったものが多い土偶も作られていて、安産や豊作を祈るまじないの道具として使われたと考えられているんだよ。

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縄文時代は、たて穴住居に住み狩猟や採集で暮らした時代だよ。
縄文土器じょうもんどき表面に縄目の文様がある、縄文時代に使われた厚手の土器。
たて穴住居たてあなじゅうきょ地面を掘り下げて柱を立てて造った、縄文時代から使われた住居。
貝塚かいづか縄文人が食べ終えた貝殻や骨を捨てた場所。当時の食生活がわかる。
土偶どぐう祈りやまじないのために作られた土の人形。女性をかたどったものが多い。

3交易と大規模集落

黒曜石の交易と、大規模な集落の跡が見つかったよ。

縄文時代の人々は、鋭い刃を作れる黒いガラス質の石である黒曜石などを使って道具を作っていたんだ。黒曜石は長野県の和田峠など限られた場所でしか採れないのに、遠く離れた遺跡からも見つかっていて、当時すでに広い範囲で物を交換する交易が行われていたことがわかるんだよ。青森県の三内丸山遺跡では、大型の建物の跡やクリの栽培の跡が発見されていて、縄文時代にも人々が計画的に定住して、大規模な集落を営んでいたことが明らかになっているんだね。

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黒曜石の広がりは、縄文時代の交易の証拠になっているんだよ。
三内丸山遺跡さんないまるやまいせき青森県にある縄文時代の大規模な集落遺跡。定住生活の様子がわかる。
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氷期に大陸と陸続きだった日本では、旧石器時代に打製石器が使われ、岩宿遺跡の発見でその存在が証明されたんだ。縄文時代になると、人々はたて穴住居に定住して縄文土器を使い、土偶や貝塚、黒曜石の交易の跡など、豊かな暮らしの痕跡を残していったんだよ。
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弥生時代

弥生時代(この単元でわかること)
稲作が伝わったことで、日本の暮らしはどう変わったんだろう?むらどうしの争いや、中国との外交が始まった時代を、いっしょに見てみよう。

1稲作の伝来とむらの変化

稲作が広まり、むらどうしの争いも起きたよ。

紀元前4世紀ごろ、大陸から九州北部に稲作が伝わって、東北地方まで広がり、弥生時代が始まったんだ。人々は稲の穂を摘み取るための石包丁を使い、収穫した稲を湿気やねずみから守るために高床倉庫を建てていたんだよ。稲作によって食料を蓄えられるようになると、人々の間に貧富や身分の差が生まれていったんだ。また、むらの周りには堀や柵をめぐらせた環濠(環濠集落)が造られるようになって、佐賀県の吉野ヶ里遺跡に見られるように、むらどうしの争いが起きていたこともわかるんだよ。

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稲作が広まると、むらの間に貧富の差や争いが生まれたんだよ。
稲作いなさく紀元前4世紀ごろ九州北部に伝わり、東北まで広がった農業。弥生時代の始まりとなった。
高床倉庫たかゆかそうこ収穫した稲を湿気やねずみから守るために建てられた倉庫。
吉野ヶ里遺跡よしのがりいせき佐賀県にある、環濠や物見やぐらを備えた大規模な弥生時代の遺跡。

2金属器の伝来

鉄器は実用品、青銅器は祭りの道具に使われたよ。

稲作とともに、大陸からは金属器も伝わったんだよ。武器や工具、農具として実用的に使われた鉄器と、銅とすずを混ぜて作られ主に祭りの道具として使われた青銅器の2種類があって、青銅器には銅鐸・銅剣・銅鏡などがあるんだ。銅鐸はつりがね形をした青銅器で近畿地方を中心に多く出土していて、表面に絵が描かれることもあるんだよ。これらの金属器は、当時の人々の暮らしを支える実用品としてだけでなく、権威や祭りの道具としても使われていたんだね。

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鉄器は実用品、青銅器は祭りの道具として使われたよ。
銅鐸どうたく祭りの道具として使われた、つりがね形の青銅器。近畿地方に多い。

3中国との交流と邪馬台国

卑弥呼が魏に使いを送り、称号を授かったよ。

1世紀、奴国の王は後漢の皇帝に使いを送って、「漢委奴国王」と刻まれた金印を授かったんだ。この金印は、江戸時代に福岡県の志賀島で発見されているんだよ。3世紀ごろになると、30あまりの国をまとめた邪馬台国の女王卑弥呼が魏に使いを送って、親魏倭王の称号を授かったんだね。このように貢ぎ物を送って中国の皇帝に王として認めてもらう外交を朝貢と呼ぶんだけど、卑弥呼と邪馬台国のことは中国の歴史書『魏志』倭人伝に記されているんだよ。

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卑弥呼は魏に使いを送り、親魏倭王の称号を得た女王だよ。
金印きんいん1世紀に奴国の王が後漢の皇帝から授かった印。「漢委奴国王」と刻まれる。
卑弥呼ひみこ3世紀ごろ、30あまりの国をまとめた邪馬台国の女王。魏に使いを送った。
邪馬台国やまたいこく卑弥呼が都を置いていたとされる国。『魏志』倭人伝に記されている。
親魏倭王しんぎわおう卑弥呼が魏の皇帝から授かった称号。
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紀元前4世紀に稲作が伝わって弥生時代が始まると、高床倉庫や環濠集落が造られ、鉄器・青銅器も使われるようになったんだ。1世紀には奴国が金印を、3世紀には邪馬台国卑弥呼親魏倭王の称号を中国から授かるなど、大陸との交流も深まっていったんだよ。
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古墳時代と大和政権

古墳時代と大和政権(この単元でわかること)
巨大な墓の大きさが、その持ち主の力の大きさを物語る時代なんだ。渡来人がもたらした新しい技術や文化にも、注目してみよう。

1大和政権と前方後円墳

前方後円墳の大きさが、権力の大きさを表すよ。

3世紀後半、近畿地方を中心に大和政権が成立して、その頂点に立つ大王のもとに各地の豪族がまとめられたんだ。大王や豪族の力を示す巨大な墓として前方後円墳が各地に造られていて、大阪府堺市の大仙古墳はその代表で全長約486mにもおよぶんだよ。古墳の上や周りには人や動物、家などをかたどった埴輪が並べられていて、死者の魂を守るためだったと考えられているんだ。埼玉県の稲荷山古墳と熊本県の江田船山古墳から出土した鉄剣・鉄刀には、共通してワカタケル大王の名が刻まれていて、大和政権の支配が関東から九州まで広い範囲に及んでいたことがわかるんだよ。

ここだけ覚える
前方後円墳の大きさは、大王や豪族の権力の大きさを表すんだよ。
大和政権やまとせいけん3世紀後半、近畿地方を中心に成立した政治勢力。大王が豪族をまとめた。
大王おおきみ大和政権の頂点に立った王。のちの天皇号につながる存在。
前方後円墳ぜんぽうこうえんふん円形と方形を組み合わせた日本独自の大きな墓。権力の大きさを示す。
大仙古墳だいせんこふん大阪府堺市にある日本最大級の前方後円墳。全長約486m。
埴輪はにわ古墳の表面に並べられた人や動物などの焼き物。死者の魂を守るとされる。
ワカタケル大王わかたけるおおきみ稲荷山古墳と江田船山古墳の鉄剣・鉄刀に名が刻まれた5世紀後半の大王。

2中国・朝鮮半島との交流

百済との交流を通じ、仏教が伝わったよ。

5世紀、倭の五王と呼ばれる大和政権の王たちは中国の南朝に使いを送っていて、その活動は中国の歴史書『宋書』に記録されているんだよ。また、朝鮮半島には北部の高句麗、南西の百済、南東の新羅という国があって、大和政権は鉄の原料を得るために朝鮮半島南部の伽耶地域と交流していたんだ。百済とは友好関係を結んでいて、6世紀半ばには百済から日本へ仏教が伝えられているんだよ。

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大和政権は鉄を求めて伽耶と交流し、百済から仏教が伝わったよ。

3渡来人が伝えた技術と文化

渡来人が、須恵器や漢字の技術を伝えたよ。

このころ、朝鮮半島や中国大陸から日本へ移り住んだ渡来人が、さまざまな新しい技術や文化を伝えてくれたんだ。高温で焼く硬い灰色の土器である須恵器の製法や、記録や書類作成に使う漢字も、その一つだよ。渡来人が伝えた技術や文化には、それまでの日本になかったものが多くて、その後の国づくりの土台になっていったんだね。

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渡来人は、須恵器や漢字などの技術を日本に伝えた人々だよ。
渡来人とらいじん大陸から移り住み、須恵器や漢字などの技術・文化を伝えた人々。
須恵器すえき渡来人が伝えた技術で作られる、高温で焼く硬い灰色の土器。
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3世紀後半に成立した大和政権は、大王を中心に豪族をまとめて、前方後円墳埴輪にその力を示したんだ。中国・朝鮮半島との交流や、渡来人による須恵器・漢字・仏教の伝来は、その後の日本の国づくりの土台となっていったんだよ。
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